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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)946号 判決 1973年5月30日

控訴人 株式会社ニッソウ(旧商号 日本資業株式会社)

右訴訟代理人弁護士 雨宮真也

同 飯田秀人

同 景山収

被控訴人 株式会社 昭和螺旋管製作所

右訴訟代理人弁護士 中田長四郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一、九〇〇万円および内金一〇〇万円に対する昭和四二年七月二五日から、内金一五〇万円に対する同年八月二五日から内金一五〇万円に対する同年九月二五日から、内金一五〇万円に対する同年一〇月二五日から、内金一五〇万円に対する同年一一月二五日から、内金一五〇万円に対する同年一二月二五日から、内金一五〇万円に対する昭和四三年一月二五日から、内金一五〇万円に対する同年二月二五日から、内金一五〇万円に対する同年三月二五日から、内金一五〇万円に対する同年四月二五日から、内金一五〇万円に対する同年五月二五日から、内金一五〇万円に対する同年六月二五日から、内金一五〇万円に対する同年七月二五日から、各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に附加するほか、原判決の事実摘示(原判決三枚目裏五行目以下一五行目以下一五枚目表末尾より二行目まで。別紙手形目録を含む。)と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

作田清彦は、被控訴人から代表取締役の印鑑証明書の交付申請をする権限を与えられていたが、これにより、清彦は、被控訴人の実印を使用するについての民事上の代理権を有していたものと推認される。右私法上の代理権は、民法一一〇条の基本代理権とみることができる。

(証拠)<省略>

理由

(第一次的請求について)

一、原判決添附の手形目録に記載の約束手形一三通を控訴人が所持していることおよび右手形は被控訴人の使用人である作田清彦が代表取締役梅田林之助名義で振り出したものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴会社の専務取締役作田隆弥が作田清彦に対し手形行為を含む経理業務一切を処理する包括的権限を与えたと主張し、仮にそうでないとしても、清彦が被控訴会社の経理業務一切を委任されていた使用人であり商法四三条の番頭に該る旨主張するので、この点につき判断する。

右作田専務が梅田代表取締役から同人名義で被控訴会社の手形行為を含む経理業務一切を処理する包括的権限を与えられていたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すれば、被控訴会社は、螺旋管の製造販売を目的とする株式会社で、昭和四二年五月当時資本金一、二〇〇万円、従業員約七〇名を擁する中小企業であり、経理の最高責任者であった作田隆弥の下に経理係として清彦のほか女子事務員一名がいたこと、清彦の職務内容は、主として帳簿の記入、小額金銭の支払等の経理事務であり、手形、小切手の振出につき、その用紙に手形、小切手要件を記載する事務も担当していたが、代表取締役の実印は作田専務が常時保管し、手形、小切手の振出に当っては必ず同人が自ら代表者印を押捺していたことが認められる。原審証人市川清巳、同富山為彦の各証言中この認定に反する部分は措信し難く、他に同認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、作田清彦が作田専務から被控訴会社の手形振出の代行権限を与えられていたものとは認められず、また清彦が被控訴会社の経理事務に関し包括的な代理権を与えられていたものとも認められないから、同人が商法四三条所定の番頭に該るものとは言い得ない。従って、控訴人の前記主張はいずれも採用できない。

二、次に、控訴人は、清彦が隆弥から本件各手形を振り出す権限を与えられた旨主張するが、<証拠>によると、次の事実が認められる。

訴外オールフアン販売株式会社(代表取締役は作田清彦で旧商号は清和通信機株式会社。以下「オールフアン販売」という。)は、昭和四二年五月上旬日本オールフアン販売株式会社(以下「日本オールフアン」という)よりオールフアンもみすり機の販売権を代金二、〇〇〇万円で譲り受け、右代金を分割して支払うことを約したが、日本オールフアンから、その支払方法として、オールフアン販売振出の約束手形では信用度が低いので、右分割金の支払を被控訴人が保証する趣旨で同人振出の約束手形を交付するよう求められた。

作田清彦は、作田専務の甥にあたり(以上の事実は、すべて当事者間に争いがない。)、同人から代表者印を預って被控訴会社代表取締役の印鑑証明書の交付を受ける事務を担当していたが、これを利用し、右代表者印を冒用して前記約束手形を振り出すことを企て、同月八日ごろ作田専務に対し、被控訴会社の取引銀行である第一銀行の求めにより前記印鑑証明書の交付を受ける必要があると虚偽の事実を告げ、これを誤信した作田専務から代表者印の交付を受けた上(そのころ作田専務が清彦に代表者印を交付したことは、当事者間に争いがない。)、右印を冒用して被控訴会社代表取締役梅田林之助名義で受取人欄白地の本件各手形を含む約束手形一六通(額面合計二、二〇〇万円)を偽造した。

以上のとおり認められるのであって、この認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定および争いのない事実によれば、作田清彦が作田専務から本件各手形を振り出す権限を与えられたことはないものと認められるので、これに反する控訴人の前記主張は採用しない。

三、控訴人は、民法一一〇条の類推適用により、被控訴人が本件各手形につき振出人の責任を負うと仮定的に主張する。

前記二の認定事実によれば、本件各手形を含む約束手形一六通は、オールフアン販売の代表取締役である作田清彦が権限なくして被控訴人名義で振り出した受取人白地の手形であるところ、後記認定のように同社は日本オールフアンに対する債務の支払のためにこれを裏書譲渡したのであるから、控訴人主張のとおり、日本オールフアンの手形取得について民法一一〇条の類推適用の可否を検討すべきである。

ところで、同会社代表取締役渡辺弥作は、原審証人として、本件各手形を含む約束手形一六通を取得する際それが偽造手形であることを知らなかった旨供述するが、次に認定する諸事実に徴すれば、右の供述は措信できず、却って、渡辺弥作は右各約束手形が清彦により権限なくして振り出されたことを知っていたものと推認するのが相当である。

1.<証拠>によれば、渡辺は、本件各手形を取得する際、市中の業者に割引をしないで金融機関に割引を依頼するよう、そして割り引いた銀行の名称を教えてくれるよう要望されながら、これを無視したため清彦から責められたばかりでなく、作田隆弥からも偽造手形だと言われて、その要求に従い、本件各手形が印鑑盗用で作成されたことを知りながらこれを受領したことを認め「無効にすることを誓約する」旨の念書を作成し作田隆弥に差し入れていることが認められる(乙三号証は被控訴人が異議申立提供金を預託しないで本件各手形の不渡処分を免れるために作田専務の要求に応じ渡辺が作成したもので前記記載内容は真実に反する旨の右渡辺証人の証言部分は、たやすく措信し難い。)。

2.<証拠>によれば、オール販売の取締役である市川清巳および富山為彦は、昭和四二年五月一〇日本件各手形を含む約束手形一六通を訴外三和物産株式会社の事務所に持参し、同社代表取締役三ツ木秋太郎および前記渡辺弥作の面前で市川が右手形の受取人欄に清和通信機株式会社と記入し、同社代表取締役作田清彦名義で白地裏書した上、同手形を渡辺に交付したこと、オールフアン販売の取締役はいずれも若年(作田、富山はいずれも二七才、市川は三三才)で、資本金は一五〇万円にすぎず、渡辺自身同社の信用度を低く見ていた(このことは前記争いのないところである。)のであるから、このような会社のために被控訴人が果して額面二、二〇〇万円にも達する約束手形を振り出す意思があるものか否かにつき疑を抱くのが通常と考えられるのに、渡辺は、はじめての取引のオールフアン販売の代表取締役作田清彦が被控訴人の専務である旨前記三ツ木から聞かされただけでこれを確認もせず、被控訴人に対し右振出の意思を確認するための措置もとらなかったことが認められる。

以上のとおり、本件各手形を権限ある者が振り出したと渡辺が信じたことが認められず、前記2の認定からすれば、渡辺がそう信じたとしても重大な過失があり、正当な事由があるということはできない。従って、前記表見代理の主張は、その余の点の判断を要せず採用できない。

四、さらに、控訴人は、同人が本件各手形の取得にあたりこれが真正に振り出されたものと信じ、かつそう信ずるにつき正当の理由があり、他方被控訴人は作田清彦に代表者印を託した帰責事由があるので、民法一一〇条の類推適用または権利外観理論により、被控訴人は右手形上の責任を免れないと主張する。

控訴会社代表者中山誠人は、原審尋問において、中山は、瑞穂化学株式会社の実権者である金井明男から本件各手形の割引を依頼され、取引銀行に依頼して振出人である被控訴会社の信用調査をした上、金井に要求して被控訴会社代表取締役の印鑑証明書および同社の経歴書の交付を受け、右手形が真正に振り出されたものと信じて昭和四二年五月一八日割引に応じた旨供述し、乙一六、一七号証(中山の司法警察員に対する供述調書および別件訴訟における尋問調書)にも同趣旨の記載がある。

しかし、<証拠>によれば、瑞穂化学株式会社は、控訴人が右割引をしたと供述する日の後間もなく倒産し、金井明男は所在不明となったことが認められ、この事実に、後記予備的請求について認定される左記事実、即ち、控訴人が金井から本件各手形を取得するに至った原因につき中山の司法警察員に対する供述と別件訴訟および原審における各尋問結果とが重要な部分にくい違いがあること、およびその他の事情を綜合して控訴人が金井に対し右手形の割引金一、〇〇〇万円を交付した事実は結局認め難いことを合わせ考えると、本件各手形が真正に振り出されたものと信じてこれを控訴会社代表者中山が金井から取得した旨の中山の前記尋問結果および乙一六、一七号証は措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はないから、この事実を前提とする控訴人の前記主張も採用できない。

五、以上の次第で、控訴人の第一次的請求は理由がないから、棄却すべきものである。

(予備的請求について)

当裁判所も控訴人の予備的請求は理由がないものと判断するが、その理由は、原判決二一枚目表初行以下二五枚目表四行目までの説示と同一であるから、これを引用する。なお、当審証人金井明男、同徳山信夫の各証言中、控訴人が本件各手形の割引金として現金一、〇〇〇万円を金井明男に交付した旨の控訴人主張に副う部分は、その供述内容がいずれも甚だあいまいであり、措信するに足りない。

(結論)

従って、控訴人の被控訴人に対する第一次的および予備的請求はいずれも理由がないから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 宍戸清七 裁判長裁判官谷口茂栄は退官につき署名押印することができない。裁判官 綿引末男)

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